のりオト。

のりオト

音楽コラムやCDレビューなど音楽中心の雑記。たまに信長の野望201Xの話題も

何でもかんでも神と付けるのがなぜ嫌なのか考えてみた

今回のテーマはもはや語りつくされた感がありますが

なんでもかんでも神、神いうのは嫌だなって話題です。

 

こうした事象というのは

「時代だから流行だから仕方ない」といわれればそれで終わってしましますが

あまりにも酷すぎやしませんかと思う今日この頃です。

 

 

神曲、神アニメ、神動画、神対応 etc.....

 

ネットでこのような表現を見るのは本当に辟易しているのですが

さらにブッたまげるのが実生活でも神って使ってる人がたまにいるってことです。

 

私は自他ともに認めるオタクでネット住民ですが

ネットスラングをリアルで使っている人とはお近づきになりたくありません。

 

というわけで、、

なぜ自分はこんなにも「神○○」という表現を嫌うかと

昨晩じっくり考えてみたんですよね。

 

そうして考える前までは単純に神、神、言ってる奴は

ボキャブラリー少なくて阿呆に見えるからという理由で毛嫌いしていましたが

 

考えた結果たどり着いた答えは

本来の「神」という存在に特別な感情を持っているからなんだと結論付けました。

 

まず断っておきますが私は神様の存在は信じていませんし

生まれてこのかた完全なる無宗教の人間です。

 

でも神社仏閣を巡るのはかなり好きですし

神という存在が特別で神聖なものという認識はあります。

 

この辺りの表現が言葉にできなくて難しいんですけど

神の元々の役割?である信仰の対象というよりは

マンガとかアニメに出てくるヒーロー像に近い

そういったものに対する憧れと同じようなものがあります。

 

ガンダムとか仮面ライダーと神を同列に考えているというか・・・

 

自分が好きな仮面ライダー555を観てかっこいいと思うように

それこそ「神様かっけぇぇ!」って感じ

 

神を人間界の娯楽と同列に語るのは罰当たりかもしれませんが

信仰心が無いゆえに生まれた感情なんですかね。

 

特に古事記とか古い書物って読んでみると

神様って意外と人間臭いしストーリーは漫画チックで面白いじゃないですか。

 

あと神と言えば初期作品からプレイしている

女神転生シリーズの影響はかなり大きいと思います。

 

というわけで「神」に対して信仰心はないが

並々ならぬものを感じている私ですので

巷で連日阿保のひとつ覚えで神を乱発されるのが我慢ならんのです。

 

今回の記事を書くにあたり

改めてネットで「神○○に憤っている人たち」を探してみましたが

思いのほかその数は多くて安心したというか。

 

その人たちの憤っている理由は様々ですが

かなりの数の同志が発見できたので日本もまだ捨てたもんじゃないなと思ったり。

 

 

まぁここで私がどれだけ我慢できないといっても

悲しいかな世の中は何ひとつ変わりません。

 

でも、たったひとりでもいいので神神言ってる現状に異を唱える

そんな若者が現れてくれたらなと切に願います。