【鬼滅の刃】LiSA(リサ)の発言にみるアニソン歌手への理不尽な偏見【紅蓮華】
社会現象となった「鬼滅の刃」の主題歌である「紅蓮華」が大ヒットし、いまや国民的アーティストとなった「LiSA(リサ)」。
順風満帆にキャリアを重ねる彼女だが、LiSAの中ではある葛藤が渦巻いている。
LiSA(リサ)「アニソン歌手と呼ばれたくない」
ずばり、アニソン歌手を嫌い、否定するような発言だ。
そう、LiSAにとってアニソン歌手になることは本意ではなかったのだ。
つまり
- アニソンなんて嫌い
- アニソンなんて歌いたくない
- アニソン歌手と呼ばれたくない
- アニソンの女王という肩書は嫌
LiSAの中には上記のような想いがあるということ。
これはネット上の与太話ではなく、NHKの番組などでも本人が実際に発言している。
「アニソンの女王/ディーバ」という呼び名は、一般的なシンガーに比べ、どこか偏見の目で見られるイメージがあるため複雑
といった旨の内容を語っていた。
それもそれはずで、近年の活動を見れば、名実ともにアニソン歌手と呼ばれるべきだが、LiSAは元々ロック畑の人間である。
ではここで、LiSAの経歴を少し解説していこう。
LiSA(リサ)の音楽における経歴
Wikipediaなどの情報によれば、母親の影響もあり3歳という若さでピアノを始め、生まれ育った岐阜県のミュージカル教室でレッスンを受けている。その他にも習い事をしていたのだが、歌うことが何よりも好きだったようだ。中学時代には「SPEED」の影響で歌とダンスのレッスンを受けている。「歌手」であるLiSAのルーツはこの時期に形成されたのだろう。
その後、中学の先輩に聴かせてもらった「アヴリル・ラヴィーン」に感銘を受け「ロック」の沼に嵌っていく。高校卒業後はポップパンクバンドのボーカルを務め、その後もパンクバンド、ロックバンドと複数のバンドを渡り歩いた。
LiSAに転機が訪れたのは2010年。
テレビアニメ「Angel Beats!」に登場する架空バンド「Girls Dead Monster」のユイ役の歌唱パートに抜擢され、「LiSA」名義でメジャーデビューすることになった。
その翌年には、ソロシンガーとして現在も続く「アニソン歌手」のキャリアがスタートする。
コアなファンには有名な話らしいが、「Angel Beats!」のオファーがあった時点で、LiSA本人は「やりたい音楽じゃない」ということでしばらく断っていたそうだ。
これはもっともな話である。
ロックがやりたいLiSAにとって、その対極にある「アニソン」など忌み嫌うべき存在だったはずだ。まさにアニソンに対する偏見ともいえる。
だがこれは、LiSAだけに限ったことではない。
多くのロック好きはアニソンに対し、程度の差はあれ偏見を持っているはずだ。その証拠にアニメの主題歌を多数担当するロックバンドを揶揄する風潮がある。また、声優の所属するロックバンドにも非難の声が浴びせられることもある。
まるで、アニソンはロックより劣っていると言わんばかりに。
アニソン歌手への根強い偏見
アニメ自体が市民権を得たように思われる昨今だが、まだまだ「アニメはオタクのもの」といった偏見が根強く残っている。だから、アニメに深く関わるロックアーティストが槍玉に挙げられる。
「アニメのおかげで売れた」
それの何処がいけないのだろう。
仮に、映画の主題歌ばかり担当するバンドなら、アニソンバンドのように貶されることは少ないはずだ。
なぜ映画の主題歌が崇高で、アニメの主題歌は低俗なんだ。
他人の価値観にとやかく言いたくはないが、余りにも偏見に満ちた考えではないだろうか。
ロック好きがアニソンを嫌悪する主な理由は以下のような構図で生まれる。
アニメ
↓
オタクが観る物
↓
キモい
↓
作品で使われる曲もキモい
特に作品が美少女系アニメなら、嫌悪感はさらに加速していくだろう。
上記以外の理由では、ターゲットの絞り込みが原因だろうか。
アニソンは、元々アニメファンのみに絞って販売戦略を組むので、興味のないリスナーへはそもそも情報が届きづらい。
その結果、アニソン自体に"閉ざされた音楽"というイメージがついてしまった。
人間は得体の知れない物に対し嫌悪するものだ。
これは、ヴィジュアル系のパブリックイメージとよく似ている。
ヴィジュアル系も一部のロックリスナーから敬遠されやすい。
これはアニソン同様に、V系の実態が掴めず何となく「キモい」からだ。
結果的にそうしたジャンルにカテゴライズされてしまったら、正当な音楽評価がされにくくなる。
「アニソン」自体は音楽ジャンルの呼称ではないのだが、「アニソン」ということで一纏めに捉えられてしまう。
アニソンの中には、「ジャズ」もあれば「EDM」だって含まれるにもかかわらずだ。
だからこそLiSAは「アニソンの女王/ディーバ」と呼ばれることを嫌い、アニソンなんて「やりたくない音楽」だと考えてしまうのだろう。
自分がやりたいのはロックなんだと。
受け手がもっと柔軟な思考で、偏見なく音楽と向き合うことが出来れば、アーティストサイドもこうした思い込みは無くなるはずだ。
アイドルも一時期は「閉ざされたジャンル」として偏見の目で見られ、ロック好きからは嫌われる存在だった。
しかし近年、善し悪しは別としても急激にロックに傾倒することで、音楽的に評価されはじめ偏見を減らすことに成功している。
その結果「アイドルグループにロックを感じる」と表現されるまでになった。
こうしたロック系アイドルの革命により、アイドルミュージック全体が見直されてきたのは間違いないと感じている。
個人的に、アイドルがロックと呼ばれることは歓迎しないが、非ロック系アイドルにもスポットが当たるようになったのは喜ばしい事だ。
アニソン歌手への偏見をなくす方法とは
上述したが、偏見をなくすには受け手一人ひとりが音楽ジャンルをイメージで捉えることを止めなけばいけない。
分かりやすい例を挙げてみよう。
洋楽を崇拝するリスナーは、邦楽全体をダサい音楽だと馬鹿にする。
洋楽こそ至高の音楽だと信じて疑わない。
だからそれ以外のジャンルを訳もなく徹底的に蔑む。
まさに「偏見」である。
物事の捉え方など人の勝手だが、音楽の幅を自ら狭くしてしまうため、音楽好きにとっては愚かな行為だ。
これはそっくりそのまま「アニソン」にも該当する。
アニソンを聴きもせず「ダサい/キモい」音楽だと決めつけることが何よりも悪なのだ。それはリスナーだけでなくアーティストも同じ。
LiSAのようにアニソン歌手と呼ばれることを嫌がるアーティストは他にも沢山いるだろう。
だが、アーティスト側の偏見がリスナーに伝わってしまうこともある。
それが影響力のあるアーティストなら尚更だ。
「アニソン=ダサい音楽」という感覚が、世間一般での常識になってしまう恐れがある。
アニソン歌手と呼ばれようが、そのカテゴリーの中でロックを鳴らせばいいのではないか。
今まさに、一部のアイドルグループが「アイドル」のカテゴリーでロックを鳴らしているように、アニソンのカテゴリー中でLiSAも革命を起こせばいい。
アーティストは「アニソン」という存在を、自らを売り出す道具にしたっていいと思う。
アニソンはこんなにも凄い音楽だったのかと、蔑む奴らに気付かせてやればいい。
そうすればアニソンに対する最大の恩返しになるだろう。
LiSAの発言にみるアニソン歌手への理不尽な偏見 まとめ
というわけで、LiSAの発言からアニソン(歌手)に対する偏見についてあれこれ語ってきた。
最後はアーティストに対し偉そうなことを言ってしまったが、音楽に携わっていた自分としては声を大にして言いたかった。
筆者はとにかく、あらゆる音楽に対し偏見をなくしたい。
誰もがフラットに音楽と向き合ってもらいたい。
そうした想いから、未だに偏見のある、メタルやヴィジュアル系に対しても、当ブログで何回も言及してきた。
近年の、音楽を取り巻く状況ははっきり言ってクソである。
インターネットは良い物も悪い物も人類にもたらした。
あらゆる情報が簡単に手に入る反面、情報が多すぎて取捨選択できず、影響力のあるソースに追従する形で一極集中し、頭でっかちな人間が増えた。
尤も、一極集中するのは、テレビが文化の中心だった時代から変わっていないけれど、見なくていい情報まで簡単に手に入るネットの影響力は、テレビと比較して何倍も上だと思う。
凝り固まった思考になれば、当然「偏見」が生まれる。
音楽に対する「偏見」とは、ジャンル間での優劣を生むこと
偏見が根付けば、差別が生まれ、その果てに「争い」となる。
ジャンル間で争いがはじまるのだ。
その結果、音楽を正当に評価することが出来なくなる。
これは音楽だけに限った話ではない。
少し前に話題となった、芸能人への誹謗中傷問題は、偏った見解から生まれたといっても過言ではない。
そして、中傷するものと擁護する者との間で争いが起こった。
やはり「争い」は「偏見」と密接に関係している。
だからこそ一刻も早く「偏見」という概念をなくしたいと思っているのだ。
偏見をなくすことが、巡り巡って音楽界の正常化につながると信じている。
当然全人類にそうなってもらいたいが、自分にそんな影響力はない。
だからせめて、当ブログを読んでいる音楽好きだけには伝わって欲しいという想いで、偏見に対する記事を執筆している。
最後はアツくなり過ぎて何のブログか分からなくなったが、筆者の正直な気持ちです。
それではまた。
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