邦楽界のトップをひた走るYOASOBI。
そんな二人が2021年1月6日にリリースした初のCD作品「THE BOOK」をレビューしていきたい。
YOASOBI「THE BOOK」
"音楽ファン待望の作品"といった雰囲気もあったYOASOBIにとっては初CD作品。
ただし、収録曲に関しては賛否両論あった。
なぜなら純然たる新曲が1曲だけという若干さみしい内容だったからだ。
要するに既発曲をめとめたベストアルバムのような側面も持ち、新しいYOASOBIを期待していた人からすれば肩透かしを食らった形になる。
筆者はついこの間まで、YOASOBIをほとんど聴いていなかったこともあり、THE BOOKの収録曲のうち「夜に駆ける」以外はほぼ新曲のような新鮮さがあった。
だから、YOASOBIを最初からずっと追いかけてきた人の気持ちはわからないけれど、普通に考えれば物足りないと思うだろうし、自分がその立場なら「もっと聴かせてくれ」となるに違いない。
ただ、YOASOBIは「夜に駆ける」が特に突出している部分もあるし、筆者のようにそれ以外の楽曲はあまり聴いたことがないという声もある。
そもそも最近は音楽の聴き方が変わってきていて、
好きなアーティストはいないけど、好きな曲はたくさんある
という聴き方が主流になっているようだ。
以下のようなツイートも一時期話題になっていた。
オタク個人意見だけど「好きなアーティスト」って実は居なくて「好きな曲」はいっぱいあるから、この人のこの曲は好きだけどこれは嫌いみたいな感じなのでライブに行こうというアレが一切無い、好きなアーティストって前ふりで話すときも結局は「好きな曲の割合が非常に多い人」というだけなのである
— mari (@maristides_ys) June 25, 2018
「YOASOBIのファン」というか「夜に駆けるのファン」はそういった層が尚更多いだろう。
これも数年前からしきりに言われているけれど、「アルバム単位で音楽を楽しむ」という考え方もすでに過去の物になってきている。
上記を踏まえ、YOASOBIの「THE BOOK」はあえてミニアルバム(EP)としてまとめたのかもしれない。
単曲で音楽を楽しむリスナーに向けて「アルバム(今回はミニアルバムだが)単位で音楽を聴くことはこんなにも有意義なことなんだよ」と、啓蒙しているような気がした。
今更説明するまでもないが、YOASOBIというユニットは小説を音楽にするというコンセプトで活動している。
したがって、「THE BOOK」に収録された楽曲には元になった小説があるという事だ。
つまり、小説を先に読んで楽曲を聴けば、よりYOASOBIの世界に浸ることができる。
元になった小説は楽曲解説の項目でリンクを貼っておくのでそちらもチェックしてみてほしい。
あと、これだけは言っておきたいのだが、YOASOBIはサウンドをしっかり聴いてほしい。所謂「ポップミュージック」なので刺激的な音は少ないし、ボカロ系の音に慣れている人にとってはありきたりなサウンドなのかもしれない。
だが、緻密に構築されたYOASOBIのサウンドは特筆すべき点が多く、「歌」以上に面白い要素に溢れている。
ikura(幾田りら)の歌声を絶賛するのも、歌詞を考察するのも良いけれど、ぜひ音も意識して聴いてください。ここまで情景が浮かぶ楽曲を作れる音楽家はそうそういない。
YOASOBI「THE BOOK」収録曲
- Epilogue
- アンコール
- ハルジオン
- あの夢をなぞって
- たぶん
- 群青
- ハルカ
- 夜に駆ける
- Prologue
純然たる新曲はボーカルの入った2曲目の「アンコール」ということになる。
当然YOASOBIの古いファンは「アンコール」を目当てに「THE BOOK」を手にしたことだろう。
収録曲を見て気が付いたことはないだろうか。
1曲目と9曲目を見てほしい。
「1:Epilogue(終章)」と「9:Prologue(序章)」
順序が逆なのだ。
本来ならば「Prologue(序章)」が1曲目で「Epilogue(終章)」が9曲目になる。
これは間違いでも何でもなく、YOASOBIが「THE BOOK」をより楽しめるよう仕掛けた舞台装置だ。
1曲目から聴いていけば、この意味がぼんやりとでも分かるかもしれない。
やはり、単純に既発曲をまとめただけではないという意図は、こういった箇所からも窺い知る事が出来る。
YOASOBI「THE BOOK」楽曲解説
Epilogue
「Epilogue(終章)」というタイトル通り、単曲で聴く限りはアルバムの最後に収録されていてもおかしくはない構成の曲。
何かが終わっていくような、そんな寂しさも感じられるピアノのメロディ。
しかし、ミニアルバム(EP)として捉えた場合、開幕を飾る曲として機能しているというのが本作の凄いところだ。本当に不思議な感覚が味わえる。
アンコール
原作「世界の終わりと、さよならのうた」水上下波 著
「Epilogue(終章)」の次が「アンコール」と言うのも憎い演出。
当然だが、通常ならば「アンコール」の次に「Epilogue(終章)」が来るはずだが、これも逆になっているという事になる。
ひょっとして、ミニアルバム(EP)を逆から聴いても作品として成立するのではないかと思えたが、現在も明確な答えは出せていない。
サウンド的に「Epilogue」から違和感なく繋がっているし、作品全体のイントロと捉えた場合これ以上ない演出だと思う。
無機質な打ち込みとピアノの柔らかな音色が融合したサウンド、そして儚げで透明感のあるikura(幾田りら)の声。これは凄い。「夜に駆ける」を聴いて高をくくっていた部分があったため、YOASOBIがここまで情景の浮かぶ楽曲を書くとは思っていなかった。これがボカロ音楽の神髄なのだろうか。
ハルジオン
原作「それでも、ハッピーエンド」橋爪駿輝 著
「アンコール」から打って変わって心躍るポップナンバー。
パッと聴く分には楽しげだけれど、随所で暗く感じる瞬間があるのは歌詞のせいか、コードのせいか。
ハルジオンは2020年大ヒットしたそうだが、筆者は「THE BOOK」で初めてこの曲を聴いた。はっきり言って出会えてよかった曲。滅茶苦茶良い。
あの夢をなぞって
原作「夢の雫と星の花」いしき蒼太 著
「ハルジオン」以上にまぶしいポップナンバー。
歌声もサウンドも終始キラキラしっぱなしで、普段暗黒な音ばかり浴びている筆者には本当に眩しかった。
軽やかに踊るピアノだけでもポップミュージックの臨界点を超えているというのに、その上でハイトーンが炸裂するikura(幾田りら)の歌声まで重なるのだ。これが眩しくないわけがない。本格的なギターソロも聴きどころのひとつ。
たぶん
原作「たぶん」しなの 著
若干ジャジーなインディーポップ/シティポップ系のオシャレなサウンド。
ウィスパーボイスだったり、リズム感が際立つスタッカートでの歌唱法など、ikura(幾田りら)の多彩な表現力が堪能できる。正直ikuraはそこまで歌が上手いとは思わないけれど、この曲はドキッとさせられた。
お洒落なサウンドとikuraの声との親和性が高く、楽曲を聴きながらいつまでも揺れていたくなる。
群青
群青は「マンガ大賞2020」の大賞などに輝いた、美大受験を描いた「ブルーピリオド」から着想を得た楽曲。YOASOBI初の漫画とのコラボレーションとなった。
小説が元になっていないため、それまでの曲とはかなり趣が異なる。
唐突に挿入される合唱パートがインパクト抜群な一曲。
ちなみにikura (幾田りら)が所属するアコースティックセッションユニット「ぷらそにか」のメンバーが参加している。
良い意味で歌詞とメロディがアンバランスな楽曲で、下の方で鳴っている音もメロディとのギャップがあって非常に面白かった。他の楽曲も歌詞とメロディは大なり小なりその傾向があるけれど、特に群青からは強く感じられた。
ハルカ
原作「月王子」 鈴木おさむ 著
歌詞のせいもあるが、どんな人が聴いてもおそらく優しい気持ちになれるであろうハートフルな一曲。音の一つひとつからも暖かさが感じられる。例えるなら、エアコンやヒーターなどの暖かさではなく、暖炉のやさしいぬくもりといったところ。
夜に駆ける
原作「タナトスの誘惑」星野舞夜 著
言わずと知れた大ヒット曲「夜に駆ける」。
ビルボードの2020年年間チャートで年間総合一位となった。名実ともに2020年を代表する一曲と言えるだろう。
なんでも、CD化されていない楽曲が1位になるというのはチャート史上初らしい。
記録に残ることはもちろんだが、多くの音楽ファンの記憶にも残り続けるだろう。いずれにせよ、後世に語り継がれるべき名曲だと筆者は思う。
この曲は「夜に駆ける」と言うタイトルだけれど、サウンドとメロディと歌、いずれも忙しなく駆け回っている印象がある。
とにかく詰め込まれた言葉の数が多い。目まぐるしく変化するメロディと相まって情報量が膨大だ。
それでも聴き疲れがないのは、サウンドの軽快さだと思う。
厳密にはサウンドも高密度だが、軽く感じるのには理由がある。
先日こんな記事を執筆した。
YOASOBIの楽曲はビートが単調で音色・音圧がショボいと指摘されていることについて筆者が思う事を綴っている。
要するに「YOASOBIの音はチープだ」と感じる人間がいるという事だ。
でも今改めて考えてみても、あえてチープにしているのかなと思う。
「夜に駆ける」のような慌ただしい楽曲は、これくらいショボい音にした方が丁度良いのではないだろうか。
仮に音圧が現在の倍だとしたら、ここまで軽い聴き心地ではなかったかもしれないし、少なくとも繰り返し聴いていられないだろう。
メロディをパートごとに抜き出せば、そのキャッチーさに気付くのでそれが聴き心地の良さに繋がっているかもしれないが、サウンドの質感はそれ以上に重要なファクターだと思う。
今「THE BOOK」を聴きながらこの記事を書いているのだが、改めてそう感じた。
Prologue
「Epilogue」同様のインスト曲。
こちらは「Prologue」のタイトル通り始まりを予感させる軽快なサウンド。
「アンコール」の解説で触れたが、逆から再生するという件。
ここから逆方向にスタートさせるという意味にもとれる。
また「夜に駆ける」の次に配置されているという事は、「夜に駆ける」を現在の最高地点として捉え、それを超えて新たなフェーズの幕が上がったと捉えることも出来る。
人によって解釈は違ってくると思うが、いずれにせよ面白い仕掛けなのであなたもぜひ考察してみてほしい。
YOASOBI「THE BOOK」レビュー&感想 まとめ
ということで、YOASOBI「THE BOOK」についてあれこれと語ってきた。
聴き終わっての感想は、とてつもない「満足感」。
久しぶりにポップな作品を聴き込んでレビューしたが、ここまで満たされた気分になれるとは思ってもみなかった。
歌詞にまでしっかり意識を向ければ、さらに濃密な音楽体験が出来そうだ。
筆者は特定のアーティストを除き、歌詞には一切興味がない。耳に入ってくる情報としてある程度咀嚼はするが、別に深く考察したりはしない。
だからレビューする際は、サウンドやメロディについて解説することが多い。
逆に言えば、YOASOBIの楽曲は歌詞の意味が分っていなくても十分に伝わる音楽だと言える。上述したようにどの楽曲も情景がはっきりと浮かぶのがその理由だ。
記事タイトルにも入れたが、「THE BOOK」を聴いてYOASOBIが売れた理由が分かった気がする。
馬鹿みたいな表現で申し訳ないけれど、曲が普通に良すぎる。
これだけツボを突いたメロディをたたみ込まれたら誰だって虜になるだろう。
ikura(幾田りら)の歌声は嫌味がなく聴きやすいし、幅広い層に訴求できる可愛らしさも兼ね備えている。サウンドの質感も相まってどれだけ聴いていても全く疲れない。
様々なプラスの要素が奇跡的に融合している。
現在はYOASOBIが一人勝ちのような様相を呈しているが、並みのアーティストでは勝てないわけだ。
音楽体験に乏しい若年層なら、こんな音楽が目の前にあったら飛びつくに決まっている。
いずれにせよ、素晴らしい音楽が正当に評価されて良かったという想いで一杯だ。
YOASOBIはリリースのペースが速いので、置いて行かれないようしっかりチェックしていきたいと思う。
それではまた。
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