ブログを書く原動力 ~書き続けられる理由とは~
先日「質問箱」にて「ブログを書く原動力はなんですか」という質問をいただきました。ありがとうございます。
やはり「音楽が好き!」という気持ちです。その想いからくる様々な感情を文章にしています。現状では書きたい事がいくらでも湧いてきますので、ネタが尽きることはしばらくないと思います。音楽に思い入れが強いから…
— すいとう@音楽ブログ (@nroblog) 2020年11月24日
続きは質問箱へ #Peing #質問箱 https://t.co/bkgSTuTSJY
ご存じない方のために一応説明すると、「質問箱」というのは面倒な登録不要で匿名で質問ができるアプリのこと。
ツイッターと連携させるタイプのアプリで、今回のように質問した相手(筆者)がアプリ上で回答すると、回答者(筆者)のツイッターアカウント上でも連動してツイートされるという仕組み。質問者は完全に匿名で、誰が質問を送ったのかは相手は分からないし、回答後のツイートにも、特定されるような情報はいっさい表示されない。
ブログでは特に告知していなかったが、実は数か月前から利用中。時々質問をいただき楽しみながら回答させてもらっている。音楽以外の質問でも構いませんので何かあればお気軽にどうぞ。
お気軽にどうぞ@nroblogの質問箱です https://t.co/6dbLI8RdBt #質問箱 #peing
— すいとう@音楽ブログ (@nroblog) 2020年11月24日
というわけで、当稿では筆者の「ブログを書く原動力」について語っていきたいと思う。
ブログを書く原動力
数日前100記事投稿をめでたく達成したが、そこに至るまでの間も「ブログを書く原動力」について改めて深く考えたことがなかった。「読者がいてくれるから」という理由は度々ブログにも書かせてもらっている。それは間違いのない事実であり、大きな原動力になっているが、無意識にインプットされた心構えでもあって、ブロガーなら当たり前の考え方というか。少し表現が難しいのだが。
仮に読者がゼロ、もしくはそれに近い数字なら、ブログなどとっくにやめていただろうし、読者の存在は何よりも原動力になっている。
こんな訳のわからない男のブログが想像を超える数の人に読まれているし、読者登録までしていただいている。そこには感謝の気持ちしかなく、ブログを書く原動力なのは間違いない。ただ、それをフラットな状態と仮定したとき、他にどんな理由があるのかを深く考えてみたくなった。
要するに「ブログを書く原動力は?」と訊かれて「読者様の存在です」と答えることは何も間違ってはいないが、ブログを書く理由として淋しすぎるかなと感じたのだ。質問をくれた方も「そんなことは当たり前」だと思うかもしれないし。
結果的に答えを考えすぎて返事が遅くなってしまったのだが(申し訳ありません)、お返事させていただいた内容が筆者の答えになる。
ではどうしてブログで取り上げたのかというと、とても良い質問だったのでお礼がしたかったという事と、実は返信の際に、もう少し詳しく書きたい気持ちもあったのだ。その気持ちをグッと抑えて要点だけをまとめるという形にした。
というのも、あまりにも長文で返信してもお時間を取らせてしまうと思ったからだ。
だったら自分のブログで改めて書こうと。
というわけで現在に至ります。
音楽が好き!
面白味のない答えかもしれないが、筆者はやはり音楽が何よりも好きなのだ。「好き!」という気持ちがブログを書く上で大きな原動力になっているのは間違いない。好きだからこそ、自分が素晴らしいと感じる事柄を常に発信していきたいと思っている。現在たまたま音楽ブログを運営しているが、別のジャンルでブログを書いていたとしても同じことを想っていたはず。
音楽があれば何もいらないとはさすがに思わないけれど、考えていない時間はないし、仮に音楽がなくなってしまったら、絶望で生きていけないかもしれない。
なんだか恋人への愛を語っているような感じだが、私は比較的ドライな人間で、恋愛に対してはあっけらかんとしている。束縛するのもされるのも嫌だし、去る者は追わずの精神で生きているため、恋人にさえこんなことはめったに思わない。
なぜここまで音楽に嵌ったのか、過去を振り返ってみるとバンド活動が大きな転機だと思っている。もちろん音楽が好きだからバンドを始めるのだが、バンドを始めてからの方が音楽をより吸収しているし深く好きになっている。
音楽をより好きになった要因は作曲の作業が関係しているのかなと。
バンドで作曲をしなければならなくなった時、様々なジャンルの音楽を聴いて仕組みを真似したという経験がある。筆者の作る楽曲は、基本メタルとハードコアを軸に、グランジやハードロックを混ぜる傾向にあった。ただ、それだけではバリエーションに限界がある。サウンドだけではなくメロディの引き出しがなくなってくるのだ。
作曲の才能があれば無尽蔵にネタが湧いてくるのかもしれないが、筆者は「好き」という気持ちだけで音楽をやっていた平凡な人間。曲が作れないという状況を打破するためには真似するしかなかった。そのために色々と音楽を聴き始めたのだ。
それまで嫌悪していたJ-POPや電子音楽、ヒップホップなどなど。「真似をする」という目的があるため一生懸命聴き込むのだが、やはり最初は苦痛でしかなかった。何が良いのかも全く理解できなかった。
でも人間というのは慣れるもので、繰り返し聴くとそれが当たり前になってくる。慣れた後は真似られる部分を見つけやすくなったし、いつの間にか好きになっていた。
上述した経験を他の音楽ジャンルでも繰り返し、ジャズ/フュージョン、民族音楽なども聴き漁った。そうして今の音楽的嗜好が形成された。
バンドを始めて間もない頃は「ギターが歪んでいない音楽は認めん」的な、頭の悪い考え方をしていたのだが、そのまま成長しなくて本当に良かった。おそらく作曲をしていなければ、今でもJ-POPはクソだと本気で思っていただろう。恐ろしい話である。
音楽の幅が広がり、受け付けないジャンルはかなり少なくなったが、まだまだ聴かず嫌いの音楽も沢山ある。音楽に対し偏見をなくそうと偉そうにブログで発言しているものの筆者自身も偏見の塊だ。だからブログで語る内容は自分に向けたメッセージや戒めでもある。
ブログを書く原動力というか、単なる自分語りの場になってしまったが、「音楽が好き」が大きな原動力になっていることが伝わっただろうか。
好きだからこそ許せない
「音楽が好き」だからこそ、こだわりが人一倍強くなり許せないことも多々出てくる。そんなネガティブな気持ちをブログにぶつけることも原動力のひとつ。
ブログには否定的な意見やネガティブなことは書かない方が良いなんていうセオリーがある。多少気にはしているが、完全なアフィブログでなければ書きたいことを書かずして個人がブログをやる意味はないと思っている。当ブログが突き抜けられない理由はそういった部分にもあると思うけど、今のスタンスで突き進む予定である。
で、何が許せないのかというと、まずは音楽業界の仕組み。細かく挙げ始めると終わらなくなるので割愛するが、音楽を聴き始めた頃から業界への不満は常にあった。あとは単純にアーティストのスタンスに対する不満。それらを世の中に発信し、ひとりでも多くの音楽好きに現状を知ってもらいたいという気持ちで記事を執筆している。
そこまでアツく音楽と向き合っている人間は少ないと思うけれど、些細なことでも良いから考えるきっかけになってくれたら幸いである。
アウトプットすることが好き
意外に大きな要因になっているがこれ。今回「原動力」は何だろうと考えていた際、アウトプットすることが元々好きな人間だと再確認できた。筆者は物事を斜めから見るクセがあり、何かにつけ難しく考えることが好きなのだが、それを外部に発信することがさらに好きなのだ。
実生活では、度を越えた自分語りは嫌われる傾向にあるため、それをブログ上でやっているという側面もある。ストレス発散というかガス抜きになっている部分もあるかもしれない。
やはり読者の存在が一番の原動力
結局、好きなテーマで記事を書いているから継続出来ているわけだけど、それには読んでくれるあなたのような読者の存在が欠かせない。ブログを書く原動力として「読者」以外の理由を考えてみたが、最終的にはやはり「読者」の存在には敵わないと再確認できた。
上述したが、頑張って書き上げた記事が誰にも読まれなければ、とっくに心は折れていただろうし、今もこうして執筆してはいなかっただろう。
世の中にはPV数など関係なくブログを書き続けられる人間もいる。それこそ毎日一桁のようなアクセス数でも、へこたれることなく何年もブログを書き続けられる人間だ。好きなテーマで文章を書くことが楽しいのか、ブログ自体がルーティンになっているのかわからない。きっと当人は気負っていないと思うが、「何がなんでもブログを書く」という姿勢は素直に尊敬出来るし見習わなければいけないと感じている。
ブログを書く原動力 まとめ
ひとつの質問をきっかけにブログを書く原動力をあらためて深く考えてみた。
今回、直接的な"原動力"をいくつか挙げてみたけれど、「裏」の原動力として「オンリーワンなブログにしたい」という願望に突き動かされている部分もある。常に思っているわけではないのであくまで「裏」の原動力なのだが。
音楽ブログに限らず、ブログ自体が掃いて捨てるほど存在しているが、その中で唯一無二になりたいと漠然と考えている。というか、ブログでなくも良いが唯一無二と呼ばれたい願望は頭の片隅に存在している。
好きなことを突き詰めた結果、唯一無二になっていたら最高だなと思う今日この頃。
それではまた。
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